胡蝶蘭は、縁起事の贈呈花として定番です。
結婚式に、開業祝いに、冠婚葬祭の場面でも、胡蝶蘭が贈られます。会社で「花を贈っておいて」と言えば、その花とはつまり、胡蝶蘭のことです。品種も様々で、花の色にも意味があり、それぞれで値段も違います。知れば知るほど、なかなか奥深い世界なのです。
ところで、「贈る花」としての胡蝶蘭の“歴史”について、詳しくご存知の方は多くないでしょう。バラもキクもそうですが、ある特定の花が、なぜ観賞用、贈呈用になったのか――何事にも必ず背景があるもので、胡蝶蘭にも、日本の文化に定着した理由があります。
■胡蝶蘭の発見から日本に輸入されるまで
まず、胡蝶蘭が発見されたのは、1836年のことだと言われています。
見つかった場所、すなわち原産地は、赤道付近の諸国です。インドネシア、パプアニューギニア、フィリピン、そして台湾南部。またそれ以外にも、原種は、中国南部から東南アジア、またオーストラリアというアジアの隅々に分布しています。
実は、最初に発見された頃の胡蝶蘭は、今のような観賞用の美しいものではありませんでした。原種は約2.5万種類あると言われていますが、その中でも、今よく見るお祝い用の胡蝶蘭のような形をしていたのは、約1割程度と言われています。
そのため、原種の状態で整った姿の胡蝶蘭は、ごく一部の上流貴族の間で非常に高値で取引されていました。その当時に、「高級な観賞用の花」というイメージが付いたようです。この頃は、まだ、熱帯の花を人工的に管理する技術も未熟で、生育は難しいものでした。
日本に胡蝶蘭が入ってきたのは、明治の末期のことです。
現在から、約100年前――この当時には、原種の発見から時間も経ち、生育環境が整備され、品種改良も盛んに行われており、すでに現在よく見る胡蝶蘭の状態に近いものだったと言います。白やピンクや点花など、多彩な花弁を持つ胡蝶蘭が、市場に出回りました。
ちなみに、品種改良以前の原種は、胡“蝶”蘭とはいえ、その実、“蝶”のイメージとは真逆の“蛾”のような、茶色っぽいものや、とても鑑賞には適さないものが多かったといいます。すなわち、我々が今、「胡蝶蘭」と言っているものは、発見当時のごく限られた品種をお手本にして、品種改良が進み、観賞用として整えられた姿のものだと言えそうです。
胡蝶蘭が日本に入ってきたルートは、原産地から直――ではなく、“イギリス経由”だと言われています。これは、当時の上流貴族の間で観賞用にされていたのが、まさしく、今ある胡蝶蘭の姿である、純白な白い花弁を持つものだったからです。イギリスでは、胡蝶蘭の発見からまだ間もない時期に品種交配が行われ、純白の品種の栽培に成功したのだとか。
■栽培技術の向上と一般的な定着まで
胡蝶蘭は原産地が熱帯のランで、もともと、人工的な生育は非常に困難とされた花です。
そのために高価であり、一部の上流階級の人たちのみが、観賞用に部屋に飾ったりすることを許されていましたが、日本では明治時代に輸入されるようになり、その頃から温室栽培の技術も徐々に向上するにつれて、一般市民の間でも鑑賞・贈呈用の花として浸透していきました。
日本の栽培農家の技術は、世界でもトップクラスだと言われています。温室が全国に普及するまでにはやや時間がかかりましたが、それからは、胡蝶蘭などの熱帯の花も、ほとんど自然と同じ条件の環境を整えて栽培し、殖やすことに成功しました。またその技術も日々磨かれ、栽培における負担は、先進的な農家ではごく少ないものとなっているようです。
そのため、現在、日本では胡蝶蘭の栽培農家が全国各地にあり、それぞれに魅力あるオリジナルの品種を持っていたりもします。お祝い事のケースによっても、贈るべき花の形や色は変わってくるので、そのニーズに合わせた花の栽培が、各地で行われているのです。
さらに、「花を咲かせるタイミング」についての技術もピカイチです。胡蝶蘭はお祝い事に合わせて花を咲かせなければなりませんが、栽培農家は花の咲く時期をずらして、たとえば明日にでも一番いい状態で出荷できるような胡蝶蘭を、常にストックしているのです。
――さて、今から遡ること180年以上前に見つかった胡蝶蘭の歴史について、ここまで触れてきました。
発見当時は、ごく限られた品種が高値取引されていた胡蝶蘭ですが、今では品種改良と栽培技術の向上、また温室システムが整備されたことによって、価格帯も落ち着き、個人でも贈れるくらいの花になってきています。
機会があれば、一度、お世話になったどなたかのお祝い事に、胡蝶蘭を贈ってみてはいかがでしょうか? 今では花なんて古い、というイメージもあるかもしれませんが、ちょっと考えてみてください。開業したばかりのお店に、花の少しもないと、やはり「なんか寂しいな」という感じがします…。そのお店のオーナーも、自分で飾るわけにはいかないので、やはり誰かからもらうと嬉しいのが胡蝶蘭です。贈って喜ばれないわけがありません。